三菱自動車のマレーシアへの進出は、1950年代後半から70年代にかけて輸出とノックダウン生産を中心に急拡大し、80年には1万4000台にたっしていた。1981年に、マハティールが首相に就任すると、重工業化路線を軸に日本や韓国の発展をモデルにした「ルックイースト」政策が開始され、その一環として国民車構想が提唱された。三菱商事をつうじて国民車構想への協力が要請された三菱自動車は、1982年に共同で事業計画立案と独自の国民車プランづくりに携わり、83年にはマレーシア重工業公社70%と三菱商事、三菱自動車各15%ずつの出資による製造合弁会社「ペルサハンーオートモービルーナショナル・ベルハッド社」(PROTON)を設立した。三菱自動車は、生産ラインの設計や研修生の水島工場受け入れなど技術援助に徹し、1985年には三菱自動車のミラージュをベースに国民車「サガ」の生産・販売を開始している。当初は、マハティール首相の個人的なプロジェクトで成功の可能性は低いとされ、「マハティールベビー」と呼ばれたプロトンであったが、紆余曲折をへて10年余の今日、94年には生産台数21万7000台、国内のシェアが約70%にたっするまでにいたっている。創業時の計画にはなかった輸出も、イギリス向けを中心に延ベ10万台に迫っており、イギリスでは自動車メーカーの顧客満足度ランキングで第3位に選ばれている。プロトンの国内の部品協力メーカーは、1992年に関連会社96社による協力会組織(3P)を結成したが、現在は124社にまで増えている。エンジン関連の鋳造部品もマレーシア国内で94年から生産を開始しており、現地調達率は約75%強にたっしている。1992年にはプロトンはクアラルンプール証券取引所に上場し、出資比率はマレーシア重工業公社29・2%、マレーシア大蔵省17・8%、三菱自動車、三菱商事各8・6%などと大きく変化している。プロトンは、アセアン最大の自動車メーカーをめざし、フィリピンには製造会社、インドネシアには輸出会社を設立している。
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