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英語は「暗記」ではなく、「身につける」もの

わたしが英語に無縁だった理由のひとつは、英語は暗記だ、それもゴツゴツと気長に、苦しい思いをして暗記しなければ上達しないのだ、と思いこんでいたからです。この「ゴツゴツと気長に暗記する」というのが、わたしは苦手なのです。それに、記憶力という点でも、あまり自信はありませんでした。せっかく暗記しても、しばらくしたら忘れてしまうだろうから、外国にでも住まないかぎり英語はうまくなれないだろうと思っていました。だから、英文法はパズルや数学を解くようでおもしろかったけれど、英語そのものに対しては、あまりやる気は起きませんでした。英語を必死に習得して上達しよう、などと考えたこともありませんし、二〇歳をすぎてから英語を急に勉強しだしても、上達が望めるとは考えてもいませんでした。でも、外国語をおぼえるのは、いわゆる「暗記」だけの問題でしょうか。記憶力抜群の人は別にして、ふつうの人の場合、外国語は暗記だと思いこんでいると、いつまでたっても上達しないような気がします。もちろん、おぼえることは必要不可欠です。赤ん坊が母国語を習得するときだって、おぼえて身につけるのです。では、赤ん坊は「暗記」をするのでしょうか?いま、わたしは赤ん坊が母国語を「身につける」と言いましたが、まさにそれなのです。「身につける」、つまり「頭でおぼえる」のではなく、「身体でおぼえる」とでも言いましょうか。身体でおぼえるとなると、生半可なおぼえ方ではすまなくなります。とはいえ、身体でおぼえるプロセスは、頭で暗記するより楽しいと思うのですが、これは個人の好みの問題なのでしょうか。暗記が大好きという人もいるかもしれませんが、まあ一般的にいって、暗記は苦しいものです。しかし、身体でおぼえるおぼえ方は苦しいでしょうか?また赤ん坊の例をもちだすようですが、赤ん坊は苦しみながら言葉をおぼえるでしょうか?ここで、念のために申し上げておきますと、赤ん坊を引き合いにだしたからといって、赤ん坊のように英語をおぼえよう、という説に荷担しているわけではありません。母国語をおぼえるときと外国語をおぼえるときは、おのずから道筋が異なるのは、いうまでもないことです。

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